僕は美術が大嫌いだった。

こんにちは!

画家の田村勇太です。

 

今日は僕がまだ画家になる前のことを話そうと思います。小学生から高校生くらいまでの時代の話です。

この記事が誰か僕と同じ思いを抱えている、または抱えていた人に届いてくれたらいいなという思いで書くことにしました。

 

僕は美術が大嫌いだ。とずっと思っていました。本当の話です。

絵を描いてる奴が美術嫌いって矛盾してると思うかもしれません。

まあ話を聞いてください。

 

絵を描くのが大好きだった少年時代

 

僕は子供の頃から絵を描くのが大好きでした。小さい頃はガンダムみたいなロボットが好きだったので、そういう感じの自分で作ったキャラを描いたりして延々と遊んでいるタイプの子供でした。

その一方で風景とか実際にあるモノとか、そういうものを描くことにはあんまり興味がなかったです。今思えばですけど自分で作り上げた空想の世界を描くのが好きだったんですよね。

 

小学校時代は「絵が上手い奴」として生きていました。僕の絵を見たクラスのみんなから褒められるので。ポケモンのキャラとか描くとすごい喜ばれるんです。笑

だからその頃の僕は絵を描くことが好きだったし、「僕って絵が上手いんだ」という自覚を持ってました。

 

図工の時間に感じた違和感

 

僕の小学校では「図工」という科目があって、絵を描いたり何か作ったりする時間がありました。(みんなあるよね。)

図工ってあくまで授業なので、ちゃんと授業計画があるんですよね。最初の2時間で絵を描いて、次の2時間で紙粘土触って、、、てな感じで。

 

僕絵を描くのも好きだし、ものを作るのも好きなので図工自体は好きでした。

でもその感情がだんだん変化していったんです。

 

例えば、今回はこんなテーマで絵を描きましょう。となるじゃないですか。

最初のうちは楽しく描いていくんですけど、

 

「じゃあ今やってる絵はこの時間で終わりです。次の時間からは粘土をやるので描き終わらない人は居残りです。」

 

みたいな展開になるんです。毎回ね。

 

僕はその頃丁寧に絵を描きたい年頃だったので、描くスピードは人より遅かったのです。

絶対にそのペースだと間に合わないなって途中で自分で気付くんですよ。

 

当たり前だけど、居残りなんてしたくないんです。そうすると焦るでしょ、だから無理やり終わらせようとするでしょ。

いい絵を描きたいってこだわって描いてたのに、いつの間にか時間に間に合わせることだけで頭いっぱいになって適当にやりだす。

もう楽しくもなんともない。ただの仕事。やっつけ。

 

こういうことを繰り返して、だんだん絵を描くことが嫌になってきたんです。

 

もはや仕事としてのお絵かき

 

学生時代、「描画会」とか「写生会」みたいなの、なかったですか?

僕も小学校と中学校時代ありました。1年に1回でしたね、僕の学校は。

 

小学校高学年の時に、まあこの時はもうさっき上で書いた理由から完全にやっつけで絵を描いてる時期ですけど、

んでその描画会で、「校庭に生えている木を一つ選んで描きましょう」

という回があったんですね。

 

描画会っていうのはその日の1時間目からずっと絵を描き続ける日です。

そして、うちの描画会はコンクール的な側面もあって、絵の出来栄えが良ければ表彰なんかされて鼻高々みたいな感じなんです。

 

はっきり言って木なんて描きたくない。興味ないもん。でも表彰はされたい。こんな感じの当時の僕。

 

興味のない絵に力なんて入りません。しかも描画会はその日に描き終わらないといけない。そうそう、もうやっつけです。

僕は思いつきました。

 

「適当に描くことができて、先生に気に入られそうな絵を描こう。」 うわぁ嫌なやつやなー笑

 

そこで僕が考えたのはこんな方法。

 

「描く木の色を無視。とりあえず適当に絵の具(青・緑・黄色とかなんでも良いから)を出して点々をとりあえずバシバシ描く。その点々が集まって木の形になる。」というやつ。

(これは印象派っぽい描き方の一つらしいのですが、当時はそんなの知りませんよ。たまたまそうなっただけです)

 

 

こんな描き方してる奴いねーだろ。と思ってやりました。そういうのが先生の目に止まるんだよと。完全に確信犯です。

 

そして適当に描いた絵は、はい、見事に表彰されました。   チョロすぎるぜ。

 

この瞬間、僕の中で何かがガラッと変わったんだと思います。

 

一生懸命やっても適当にやっても何も変わらないという諦めと反抗

 

それ以降、僕は小学校の図工の時間、中学生になってからは美術の時間を自分のやりたいように過ごしました。

多分思春期だからというのもあったのかな。笑

 

自分のやりたいように過ごしたっていうのは、具体的には授業で指定されたものを作らない。とかですね。作りたくないんだもん。

 

授業中、制作の途中経過を一人一人報告しに行かなくてはならない。

「(作品を見せながら)今こんな状況です。ここをこうしようと思っています。」

それに対して先生がアドバイスするみたいな時間が毎回あります。

 

僕「(意味不明な作品を見せながら)今こんな感じです」

 

先生「君は何を作っているんだ?」

 

僕「わかりません。」

 

先生「そうか(苦笑)」

 

そうして僕の美術の内申はめちゃめちゃ低くなりました。笑

 

描きたくないものを描かされる。作りたくないものを作らないといけない。

それに対する反抗。(思春期の影響もあり笑)

僕にとって美術はそういう存在になりました。

 

もう僕は美術が大嫌いになっていました。

 

高校に進学しても、選択で受けることが可能な美術は選択せずに、代わりに音楽の授業を受けました。

これが僕の美術遍歴です。笑

 

僕は美術のことを

 

「描かなければいけないもの、作らなければいけないものをどれだけ上手に、そして時間内に作れるか」

 

そういう作業だと感じてしまったのです。

 

もちろんこれはあくまで「授業の話」ですから一般的な美術とは関係ない話のように聞こえるかもしれませんが、

それでも特に美術系の習い事なんかしてなければ、「美術」に触れる機会って普通に考えて学校が一番多いですよね。

そういう大多数の子供達に対して、「美術はこういうもんだ。」という風に、学校の授業を通して習っちゃうもんだから。(僕の時代の話で今の教育現場はどうなってるのか知りませんよ、良くなってることを祈ります。)やっぱりそれで絵を描くことが嫌いになった人、結構多いんじゃないかなーと思うんです。

 

 

 

僕は小学校や中学校でそういう気持ちになっちゃったから、だから今絵を描いているときは事あるごとに

「自分の描きたい絵がかけているか?」

「他人が良いと思うだろうというモチベーションの絵を描かされていないか?」 

←これになったら本当に自分の描きたい絵を描けていないので良くない状態だと思ってます。僕が嫌いだった美術の時間とおんなじことになっちゃってるので。

 

そういうことを自問しています。これって気づかないうちにどちらかにシフトしていたりするので、今自分がどのような状態にあるのか判断するのは難しいのですが。

自分の経験からやっぱりそういうことを意識しながら作家活動を続けていきたいと思っています。

 

 

この話は以上です。

しょうもない話に付き合っていただきありがとうございました!!

 

 

 

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